知恵だより 117号

Jan. 7 2000

見沼田んぼ

子ども自然クラブのみんなが、見沼田んぼのなかを進んでいきます=埼玉県浦和市見沼田んぼで

2000年1月7日 気温:8度 天候:曇り 風向き:北東
現在地:川口市自然の家=北緯35度52分34秒/東経139度43分18秒
歩いた距離:0 Km

 ある地域にどれだけ野生生物が残っているかは、自然が人類のために何を残してくれているのかを示しているのだといわれます。

 東京に近づくにつれて、自然とのふれあいはどんどん減ってきました。幸いなことに、子ども自然クラブと南浦和中学校の環境クラブの20人近いメンバーが、東京のすぐそばに残された自然地域の一つ「見沼田んぼ」に連れていってくれました。ここで、地域の歴史と地域をどう楽しむかを学んだのです。

 見沼田んぼは、日本が自然の光景を暮らしにあうようにどのようにして変化させてきたのかという見本でもあります。昨日の知恵だよりで紹介した三富新田同様に、見沼田んぼは江戸時代の江戸(今の東京)の人口増大に対応するために開発されました。湿地帯で後に溜池として使われてきた1260ヘクタールの土地が、干拓されて田んぼにされたのです。利根川から稲作用の水を運ぶ見沼代用水が東西に作られ、コメやそれ以外の農作物を運び出す運搬ルートとしても使われました。その運ばれた先は、僕の目的地でもある東京の日本橋なのです。

 1958年に水害が襲った時、見沼田んぼは被害を押さえるのに大きく役立ちました。しかし、すでに開発は始まっていたのです。そこで埼玉県は1965年には、見沼田んぼ全域での開発を規制したのです。これは東京を中心とする半径25キロの地域ではもっとも大規模な自然保護の規制となり、埼玉県南部の人々を洪水から守っているとされています。

見沼田んぼの自然をどう守るかの説明を聞きながら、動物や虫の姿を探す子ども自然クラブのみんな=埼玉県見沼田んぼトラスト取得用地で

 見沼田んぼは東側と西側の見沼代用水、ワシタカや自然を守るための公園、自然のままの堤防などで大変有名です。同時に、子ども自然クラブや南浦和小学校のみんながびっくりしたのは、いろんな種類の生き物が残っていることでした。

 1260ヘクタールもの広い場所の狭い場所を歩いただけで、子ども自然クラブのみんなは、驚くほどに虫や鳥、植物のいろんな名前を知っているのにびっくりしました。誰かが声を上がるたびに、新しい種類の何かを見つけているのです。花をつけた植物、昆虫のマユ、服についてきた草、ふえを作ることができる葉っぱ、そんな全部の名前をしっているのです。

 一帯を取り囲むようにある用水路にそって歩きました。栃木(知恵だより112)やくぬぎ山(知恵だより116)と同じようにゴミだらけです。一人の子どもは、「ごみだらけだけど、自然にもいっぱい発見があって面白い」と話しました。

 みんなは、道の両側から姿を消しては、枝や種や虫などといった自然の宝物を見つけてまた戻ってきます。道路に残った子どもたちも、別のことで夢中になって声をあげます。「あっ、コガモ」とだれかが声を上げると、みんながいっせいにコガモを見つけます。歩きながらみんなはアンテナを高くして、何か面白いことはないかと探しています。

 自然クラブのみんなが虫や鳥、植物を探すのは、知恵を探す僕のやり方と似ていることが、話していて分かりました。「ゆっくり歩くのが一番。ものが良く見えるのです」と一人が言います。見沼田んぼの将来を考えるために、子どもたちの好奇心は大切な原動力です。

 ゆっくりと東京に近づいていきます。

 グレッグ

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