知恵だより 121号

Jan. 11 2000

鎌倉グループ

父親や母親や教育者たちが、「知恵めぐり」の話を聞いたり、地域のつながりを強めるために、前野小学校に集まりました=東京都板橋区前野小学校

2000年1月11日 気温:3度  天候:雨と雪  風向き:南西
現在地: 東京都板橋区前野小学校
歩いた距離:0Km

 日本の鎌倉時代(1192年〜1333年)、都だった鎌倉周辺の男たちは「いざ鎌倉へ」というのが常でした。これは、戦いや大きなもめ事が起きた場合、都を守るために男たちが立ちあがるという意味です。今晩、僕は「いざ学校へ」というグループと会いました。良い学校と地域社会を作ろうと集まった父親たちで、「鎌倉グループ」と名乗っています。

 板橋区立前野小学校の音楽室に座った僕に、今晩の会合がどんなものになるのか、やや不安を感じていました。これから僕は父親7人、母親7人、先生3人、祖父1人、それに青少年健全育成会の副会長と話し合いをするのです。全員が座れるように、小さい学校机が2列に並べてあります。ピアノは教室の前と後ろに、たいこは隅のほうに隠してありました。天井から蛍光燈の明かりがリノリュームの床に反射するのを見て、僕はアメリカの学校の教室を思い出しました。

 みんなが食事を始めたとき、日本でよくある自己紹介が始まりました。僕が不思議に思ったのは、なぜこんなに大勢の父親や母親や教育関係者が、僕と会うためだけではなく、前野小学校の校庭にテントを張る手伝いもしてくれるために、平日の夜に集まってくれたのだろうか、ということでした。でもやがて、この地域で長く続いているつながりを保つためにみんなが集まるいい理由に、僕はなっていたのだと分かりました。

 自己紹介のあと、とても面白い質疑がありました。なぜ前野小学校では地域のつながりがこんなに強いのかたずねると、ある父親は「東京では、私たちはいなか者なのです。板橋区は、埼玉県に近いという理由で、いなかと思われています。でも、ここでは地元の意識がまだ残っていて、ほかの地域とちがって前野町に戻ってくる人も多いのです。私たちが集まって『この町に居続けようね』と言い合えるのは、そのせいかもしれません」と答えました。

 「昔はおいしい食べ物が手に入ったり、料理をたくさん作ったときには、近所にも分けたものです。前野小学校の卒業生はまだ近所に大勢住んでいるから、学校に集まりやすいのでしょうね」校長先生が話しました。

 意見は次々と続きました。「教育を学校だけに任せるわけにはいきません」とひとりの父親が言いました。「親たちは、もっと教育に関わる必要があります。私たちはそれを実行しているのです」。父親たちは「鎌倉グループ」を通じて活動しているようでした。「それぞれ違う職業についているので、いろいろな知恵が集まります。これらの知恵をどうみんなで生かすか、その方法を考えるのが鎌倉グループの役目のひとつでもあるのです」。

 「鎌倉グループ」は20年ほども前に、少年野球リーグから生まれたことが、やがて分かりました。地域の父親たちが、前野町の野球少年たちを応援するために集まったのです。最近になって活動は、野球の応援からもっと広がって、大きなサークルができてきました。もっと大勢の父親に参加してもらうための新しい工夫として、前野小学校の校長は父親たちに働きかけ、最近「鎌倉グループ」が結成されました。今では学校には、コンピュータのプロや、ボーイスカウトの隊長や、鉄材リサイクリングのエキスパートや、ほかにもいろいろなエキスパートがいます。みんな「いざ、必要とあらば」という気持ちでいるのです。

 都会であれ、いなかであれ、日常生活に欠かすことができない知恵の源があるということは、地域にとって意義深いことなのです。

 あなたたちの地域でのつながりについて、どう思いますか。

 東京日本橋まで、あと12キロの地点にまだいます。

 グレッグ

 (翻訳: 畝本紀子)

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